レクイエム
「明日もまた来て下さいますか?」
聞かれたから頷いたのではない。
もともと来るつもりだった。
昨日のはただの下見。
今日は違う。
馴れ合いに来たわけでもない。
彼女が自分に好意をもっているのは知っていた。
しかしその気持ちを無視することが裏切りになるのだろうか。
伝えられてもいないものを意識するなんておかしなこと。
たとえ言われたとしても何も変わらない。
殺羅は何も感じていない。
相変わらず汚い病院。
ずっと前からここにあった。
エレベーターの中が少し狭い。
車椅子と人一人がやっと入れるくらいだ。
運のいいことに殺羅の他に誰も乗る人がいなかったので悠々と乗ることができた。
あまりスムーズじゃない進み方で途中でかたっと揺れたりした。
チンッと高い音がなり5階についたことを知らせる。
彼女の病室は520号室。
ここからは少し遠い。
今日は月曜日なので見舞いに来るものはいつもと比べて少ない。
病状の軽い患者の見舞いは日曜日に多く、立て続けに来るものはほとんどいなかった。
仕事をするにはうってつけの状況。
病室に入る前にドアの近くに置いてあったエタノールで手を消毒してビニールの手袋をつける。
そして一歩足を踏み入れた途端三つの顔がこちらを向いた。
彼女の両親が来ていたのだ。
「殺羅さんっ」
幸が頬を赤らめて飛び起きた。
母親は驚いた顔で妙にしらじらしく言った。
「あっあら…幸のお友達?じゃぁ…母さんたち出てるわね。」
殺羅に、わからないくらい小さな会釈をして両親共に部屋を後にした。
「あのっ殺…。」
名前を呼ぼうとしたが遮られた。
その鋭い眼差しに。
宿っているのは狂気なんかではなく。
間違えようとない無。
そう、恐かった。
ビルの屋上から突き落とされた気分になって風が全身を吹き抜けた。
「お前は十分生きた。」
殺羅は呟いてラスを抜き取る。
輝かしい刀身は太陽の光すら撥ね退ける。
「あなたに頼んだのは両親でしょう?」
何故わかったのだろうか。
わからなかったから顔をしかめた。
返事はしない。
右手はまだ動かない。
「わかっています。両親は私が生きていることがかわいそうだと思っているみたいですから。」
少し俯いて指をいじりながら話すのが癖らしい。
しばらく沈黙が続いた後に幸はさきほど両親が持ってきてくれた花に手をかけた。
なんの花かなんなんて知らない。
黄色い花弁を一枚摘む。
すべらかな感触を味わいながら引き千切る。
「どうせなら仏花でも持って来てくれればよかったと思いません?」
「その花では不満か。」
「え…そういうわけではないんですけど…」
しばしの沈黙。
花など愛でたことが今まで一度だってあっただろうか。
地に咲いた色とりどりの花はそばを通るたびに色を濁らせる。
この”色”が妬ましいかのように。
ふわりと軽やかに揺れる様は自分で見ても奇妙だ。
異色。
人には絶対に現れることはない色。
透けたように見える青紫。
しばらくして思い出した。
そばにいても濁らない華。
赤黒く大輪をもつ華。
美しく輝きどんな花にもひけをとらない。
その花が不満なのならばこの赤黒い華をやろう。
無言でラスを肌にあてる。
血が滲んだ。
「殺羅さん!?指から血が…」
「俺がお前に華をやろう。」
「え…?」
そんなことを思ったのはただの気まぐれ。
あまりにも美しい華を思い出してしまったから。
自分にもその華が作れるだろうかなどとくだらないことを考えてしまった。
あれは誰が作ったものだっただろうか…。
もう遠い昔。
ぽたりと指ににじんだ血を真っ白なシーツの上に落とした。
途端、ぱっと花弁が開いた。
赤黒い華の。
「あまり…綺麗ではないな。」
出来の悪さに不満の声を漏らす。
量が少なかったせいで大きさもいまいちだ。
「これが…華…?」
「俺が最も愛する華。」
愛しているのはそれが美しいからかそれとも美しかった華の持ち主か。
わからない。
ただ無意識に愛という言葉がでてきて。
その言葉を口にしたことさえも気付いていなかった。
もうすぐ面会時間が終わる。
「殺羅さん…私の息が絶えるまで最後までお話しててもらえませんか。」
返事の無い殺羅の顔を見て何かを悟ったようにふふふと笑う。
そして殺羅は胸元の華の中心にラスを突き立てそして抜き取った。
さっきよりも広がる大きな華。
愛しく愛でて目を逸らす。
すいこまれてしまいそうに美しいから。
顔を背ける。
窓を見た。
真っ白な雪が音も無く降っていた。
「綺麗…ですね。」
「…。」
「殺羅さん。…す…好き…だっ………です。」
「知っている。」
濡れた目をいっぱいに開いてまた閉じた。
涙が流れる。
「殺羅さん…。」
もう一度名前を呼んで存在を確かめて手を伸ばして頬に触れて濡れてもいない肌がひんやりと冷たい。
深い孤独を背負ったあなた。
もう何も言えないけど。
ピー―――――――――――――――
本当は一人なんていやなくせに。
声はもうでないけど。
誰よりも闇を恐れているくせに。
機会音だけが耳を劈(つんざ)く。
ピー―――――――――――――
誰があなたをそんなにしてしまったの?
ただの自分勝手な憶測かもしれないけど。
そう思えてならないんです。
だから最後の私のお願い…。
一人で消えたりしないで。
言えたかしら。
もうわからないわ。
誰よりも愛しい人……。
ピ――――――――――――――――――――
「安らかに。」
更新遅くてすみません。
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第四殺は殺羅とラス出会い編です。
第三殺完